昨日の続きを。
スカイラインは「走りの車」とイメージされ,エンジンもDOHCやターボ,ツインカムターボ,V6という「馬力あるよ」的ものがイメージされやすいが,8代目のR32までは4気筒のモデルもあった。
もともとスカイラインは今で言うところの高級車的イメージでスタートしたが,スカイラインの車体のまんま2000CC車というグロリアが出たため路線変更して,2代目はコンパクトなファミリーカー路線になったそうである。で,2代目スカイラインが出たあとすぐ第2回日本グランプリ(軽からフォーミュラーまでクラスを分けた形で競う。そのためフォーミュラーカー以外はライトにビニールテープ+ホイルキャップはすず+ナンバーつきのまま参加というのどかさだったがメーカーとしては売り上げがかかっていたのでそうではなかった)があり,昨年の屈辱(第1回日本グランプリは主催者から「基本的には無改造で」というルールがありプリンスはそれをそのまま受け止めたが,他メーカーはルールぎりぎりで改造をして出たためプリンスは全車予選落ち。当時の専務は社長に始末書を書いたそうである)をという思いで会社ぐるみで取り組んだそうだが,スカイラインの開発者櫻井真一郎さんは練習で鈴鹿を走っていて
(当時レースと市販車開発の兼務をしていたのでこのような仕事もしていたそうである。)
「何か4気筒では馬力不足( 'A`) 」
と思いつつ一緒にサーキットを周回していたグロリア(こちらもモデルチェンジしたばかり)と走りつつ
「 (゚∀゚) グロリアのエンジンをスカイラインに積めばいい!」と浮かんだそうである。
ただ,スカイラインは4気筒。グロリアのエンジンは6気筒である。結局スカイラインの前を切って伸ばしてグロリアのエンジンを載せたものがスカイラインGTの初代モデルとなった(作った当初はまっすぐ走らなかったそうである。それでもなんとか完成にこぎ着け,レース参加資格を取る為50台作ったが,あまりにも前が長くなったため営業担当者は「こんな不格好な車は売れない」と頭を抱えたそうである。でもレースで1周だけポルシェを抜いたことからレース後注文が殺到したらしい)。なのでそれ以来,「フロントが長いのがGT,短いのが4気筒のもの」というイメージが5代目のジャパンまで続いた。最近,ミニカーを集めて気付いたが,4気筒の前が短いモデルもきひきび走るし,ファミリーカーや街乗りとしてはよかったのではないかと思うところである。
なお,私の父も箱スカの4気筒1800GLに乗っていて,グリルとテールランプをGTっぽくして砲弾型のドアミラー(このままだと警察にがられるのでフェンダーミラーを残したままつけていた)リアウイングも付けていたが宮崎にドライブに行ったときパトカーに止められその場でリアウイングは外され没収となった。幼稚園の頃から小4の3学期までうちにいたが故障したときは解体屋から5000円で部品取りのGTを買ってきて修理をするなどして特に手をかけていた気がする(本当はGT-Rが欲しかったと後で言っていた)。
同スケールの2代目スカイライン1500(手前赤)と2000GTを並べてみますた(写真左)。フロントの長さの違いがわかると思う。右の写真は,左から箱スカバン・ジャバンTi・R30スカイラインエステートと「4気筒モデル」を並べて。なお,今までで自分で運転したスカイラインは学生時代代車で乗った一番右のエステート(GTやRSじゃなくて)の白である。とにかく「スカイラインって見た目よりデカイのね」と思った。
【追記】
第2回日本グランプリでポルシェを抜いたのはのちに中嶋悟さんをF1ドライバーにした生澤徹さん。ポルシェのドライバーで当時トヨタ(伝説のレーサー浮谷東次郎さんや自動車評論家の徳大寺有恒さんも当時在籍)に属していた式場壮吉さん(歌手欧陽菲菲の現夫)と知り合いだったため「もし追いついたら1周だけ前を走らせてくれ」とレース前に言っていたらしい。なお,このポルシェは式場さんが個人購入して(当時は他メーカーの車でレースに出ても怒られなかった)レースに出たが「スカイラインGTの優勝を阻む為トヨタが買って式場に与えた」というデマまで流れた。
レースの様子はこちらを
(´・ω・`)つhttp://ja.wikipedia.org/wiki/式場壮吉


最近のコメント